経済産業省に聞くDX推進の第一歩とは・前編

執筆者
WORKSTYLE SHIFT 編集部

2020.05.15

経済産業省に聞くDX推進の第一歩とは・前編リスク回避

経済産業省が『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』(以下、DXレポート)を発表してから1年半。

レポート内では、今後企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が進まなければ、「2025年には最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性がある」という深刻な未来が報告され、多くの企業に衝撃を与えました。しかし中には、未だDXへの道のりが不明で、「2025年の崖」への対策に踏み出せていない企業も多いのではないでしょうか。

2025年の崖から落ちる企業はどうなるのか? 乗り越えられる企業の未来像とは何か。経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 ソフトウェア・情報サービス戦略室長 田辺雄史(たなべ・たけふみ)氏のインタビューを前後編の2回にわたってお届けします。

キーワードは「経営の刷新」

DXレポートが発表されたのは、2018年のことです。当時、経済産業省がレポートの策定にあたり、何を課題として取り上げ「2025年の崖」というキーワードに行き着いたのか。その経緯と真意についてお聞きしました。

DXレポート策定の経緯と真意

田辺雄史氏
(以下、田辺氏)
元々の経緯は、2018年の初頭、日本のIT産業やユーザー企業がどう競争力を高めていくかという議論を進めていた時期まで遡ります。中でも問題視されていたのが、レガシーシステムを使用している企業は、そのメンテナンスにIT予算の8割をかけているという実態です。そのため、レガシーシステムを効率化・圧縮し、効率的なシステムに変えていくことで、もっと新しいビジネスにお金が振り分けられるのではないかと考えたのがDXレポート検討の始まりになります。

レガシーの刷新とシステム改革について有識者の方と議論を重ねた結果、それは結局経営の話であり、ビジネス上の改革とセットで考えるべきなので、システム刷新の重要性を経営者に訴求する必要がありました。

一方、諸外国ではDXという言い方で、経営そのものをデジタル化する、デジタル前提の経営にしていく流れがありました。GAFAやBATHといったITをリードする企業が日本に大きな影響を与えていることを踏まえ、「経営の刷新」をテーマにDXの議論が進んだのです。

ですので、DXレポート策定の背景は、日本のデジタル化の遅れではなく、企業が持っているITやデジタル技術に対する投資先を、新たな価値の創出に振り向けていきたいというのが元々の発想になります。

※GAFA:Google(グーグル)Apple(アップル)Facebook(フェイスブック)Amazon(アマゾン)の頭文字をとった略称です。
※BATH:Baidu(バイドゥ)、Alibaba(アリババ)、Tencent(テンセント)、Huawei(ファーウェイ)の頭文字をとった略称です。

12兆円という数値と「2025年の崖」の意味

田辺氏:
2015年に公表されたある統計データでは、日本企業のシステムに関連する損失が毎年5兆円ほど発生している結果が出ています。その内、システムの設定ミスや不具合、ブラックボックスによる損失が4兆円です。経産省では、その損失をレガシーシステムで多く発生するものと仮定しました。

現在、世の中にあるシステムの稼働状況を調べると、20年以上動作しているものが2015年
の時点で20%、10年以上動作しているものが40%を占めています。つまり2015年から10年後の2025年には、60%のシステムが20年以上稼働していることになります。20年選手のレガシーシステムが全体の20%を占めている時代に4兆円損しているため、それが3倍の60%に増えると4兆円の3倍で12兆円の損失が発生する計算になります。

しかし、仮にシステムを刷新してクラウドサービスなどに移行すれば、レガシーシステムのように自社用にカスタマイズされたサービスから、メンテナンスをベンダーが請け負う形態になるため、コスト(=損失)は削減できることになります。そのためDXレポートでは、レガシーシステムが刷新されないままの状態により発生しうる12兆円の損失を「2025年の崖」として問題視しました。

システムだけでないレガシーな発想とは

レガシーシステムという負債を抱えながら、メンテナンスに多くの予算を割いている日本ですが、なぜDX・システムの刷新が進まないのでしょうか。そこにはものづくり大国日本のレガシーな発想と文化が影響していました。

システム=発注するもの?

田辺氏:
DXが進む諸外国との大きな違いとして、日本の企業は自社内でシステムを開発せず、ベンダーに発注してシステムを使う点が挙げられます。

自社でシステムを開発する企業がDXする場合、システムの作り方をより経営やビジネスモデルとマッチさせた形で開発します。しかし日本はまず経営があり、システムは業務を効率化するための手段に過ぎず、デジタルとビジネスをいっしょくたにするという発想自体が生まれにくい土壌が根付いてしまっています。

そのためシステムはなるべく安く購入し業務を効率化する、利益には直接的に結びつかないコストセンターになっています。システム=ビジネスではなく、システム=発注するもの、という発想自体が世界では特殊なタイプと言えます。

アメリカや中国をはじめとする諸外国は、ITの捉え方が業務効率化のツールではなく、価値を生み出すものとして扱っているため、新たな利益が生まれやすいのだと思います。ITに対する捉え方を変えない限り、内製化をしても利益は生まれないし、ビジネスになりません。まさに世界で活躍するようなディスラプターにはなれないし、破壊という概念自体が日本にはないのかもしれません。

「もったいない」の日本文化

田辺氏:

そもそもなぜ日本企業がレガシーシステムを問題視しないのかと言うと、そこには「日本のものづくり文化」が影響していると思います。通常ものづくりだと、工場で使っているラインや生産機器は、使えば使うほど製品単価が安くなりますよね。すると「長年同じものを大切に使う=利益につながる」といった発想が生まれるわけです。しかしシステムは違います。古いと最新機能が使えずアップデートが必要になり、メンテナンスできる人も限られてくる。知らないうちに技術的負債とよばれる負債がたまっていく。2025年の崖は、その発想を変えるために、インパクトのある数値やタイトルを検討した結果に生まれたものでもあります。

DXの重要性は各業界・企業に浸透してきている

経済産業省は2019年7月に「DX推進指標」を発表し、企業に自己診断を求めています。現段階で、どのくらいの企業が提出しているのか。DXレポートの影響力とは?

田辺氏:

大手、中小問わず280~300企業から提出されています。DX推進指標は提出必須ではないので、想定よりは多いという感覚です。提出いただいた企業には、他企業のDX進行具合を平均値として確認していただいたり、自社の進行度合いとの比較ができるベンチマークを提供したりしていますが、このような多くの企業からの回答は、社会的にDXへの関心が高まってきている証拠ではないでしょうか。また、中には提出せずに自社でチェックしているだけの企業もあるはずです。280というのは指標を活用している総数ではなく、提出いただいている数。提出せずに活用している企業も含めると、さらに多くの企業がDXを始めていると言えます。

通常政府が何かを発表した中で、継続して使用される言葉は「働き方改革」や「年金改革」のように、政府のトップ主導でやっているものが多いです。しかし「2025年の崖」やDXの推進といった、比較的個別の政策テーマが各業界・企業で長い間にわたり注目されているのは珍しいことで、それだけ重要性が認識され、浸透してきているのだと思います。

経営層が「今」本当にすべきDXの第一歩とは

DX推進の重要性が徐々に浸透する中、実際に行動に移すとなると、経営層の意思決定が非常に重要となります。今後5Gの実用化やIoT、AI、ブロックチェーン、APIエコノミーなどの拡大で、DXは急速に進むでしょう。今、企業がDXに向けまず最低限すべきこと、その第一歩は何なのか。田辺氏はこう語ります。

田辺氏:
具体的な取り組みは業界業種によって異なるため、「これがDXの第一歩」というものはありませんが、重要なのは経営層の意識改革です。DX推進指標の中では、経営に関する危機意識の重要性が記載されていますが、実際に指標の自己点検結果を提出された企業の中で、上位の成績・自己評価が高い企業は、DXへの危機感が平均して高いという結果が出ています。

またDXが進む諸外国に対し、日本の経営者はITや理系の話に対して苦手意識があります。デジタル技術の活用を情報システム部門やベンダーに依存している点が、日本のDX推進を遅らせている要因のひとつと考えられます。

従来、日本の企業形態として、研究開発する人と、それをビジネスにのせてうまく管理する人(=経営者)は別れていました。しかしDX時代に求められる経営者の能力は、管理だけでなく、デジタル技術を活用した新たな価値の創造です。そのため価値を生み出すための源泉については詳しくなければなりません。

Apple社はいい例です。ジョブズ氏は、マネジメントはもちろん自身がやりたいこと、目指す姿や価値提供を先導して実行する経営者でした。日本の経営者も正面から技術に向き合い、どうビジネスに転換していくか、経営のスタイルを変えなければならない時がきているのです。それは、2025年までのタイムリミットが迫ってきた「今」、DXを進めるための第一歩として必要な条件であり、勝てる企業への唯一の道となるでしょう。

「2025年の崖」を乗り越えられない企業の最悪のシナリオ

12兆円という経済損失が発生する「2025年の崖」ですが、崖を乗り超えられない企業に待っているのは、果たしてレガシーシステムという負債の返済だけなのか。想定できる最悪のシナリオを語っていただきました。

田辺氏:
今後「2025年の崖」を軽視し何もしない企業は、レガシーのメンテナンスフィーという負債を抱えながら競争する必要があります。レガシーのメンテナンスに1年間で何億と投資する企業が、最新の技術導入に投資する企業に勝てるでしょうか。当然後者のほうが利益率は高くなりますよね。レガシーシステムを使用し続ける企業は、損失だけではなく、海外や国内ベンチャーとの競争にすらならなくなる恐れがあります。それが2025年の崖から落ちた企業の最悪のシナリオです。

我々は現在、日本企業が、日本人のために、日本ならではのサービスを提供した世界で快適に暮らしています。しかし、このままでは徐々に外国のサービスに淘汰される。DXが遅れ、これまで日本を支えてきた企業が崖から落ちた世界では、日本人の好みや文化を背景にしたサービス・商品がなくなる可能性があるのです。

DXレポート、2025年の崖、DX推進指標と、デジタル技術を活用できていない企業に警鐘を鳴らし続ける経済産業省。その重要性を理解し、行動に移している企業は一体どのくらいあるのでしょう。田辺氏が語る崖から落ちた企業の最悪のシナリオは、決して他人事ではありません。
後編では、残り5年を切った2025年の崖を乗り越える企業の特徴からDX時代の企業戦略についてお聞きしたいと思います。